京鹿子娘道成寺|能「道成寺」をルーツに生まれた歌舞伎の傑作

演目

「京鹿子娘道成寺」という言葉を聞いたことがある方も多いのではないでしょうか?最近では映画「国宝」で知った方も多いかもしれません。
映画に選ばれるのも納得で、この演目は能を原拠とする歌舞伎舞踊の代表作であり、女形舞踊の最高峰とされる大曲です。この記事では「京鹿子娘道成寺」が人気作となっていった過程を、能「道成寺」との関連性や初演した初代中村富十郎らの工夫、歌舞伎版のあらすじと見どころについて解説します。 本記事を読めば「京鹿子娘道成寺」を見たことのある方は新たな発見があり、見たことのない方は「次に公演があったら見に行こう!」と決断できることでしょう。

能「道成寺」から歌舞伎「京鹿子娘道成寺」への系譜

能「道成寺」は、安珍と清姫の悲恋を主題とした、能楽の中でも有名な演目です。 この能「道成寺」が、宝暦三年(1753年)に初代中村富十郎により歌舞伎舞踊として踊られたことで「京鹿子娘道成寺」は生まれました。本節では能「道成寺」の概要と、歌舞伎「京鹿子娘道成寺」への影響について解説します。

  • 安珍と清姫の悲恋は能「道成寺」のルーツ
  • 能からの継承と歌舞伎独自の表現
  • 能と歌舞伎の違いが生む初代中村富十郎の工夫

安珍と清姫の悲恋は能「道成寺」のルーツ

能の「道成寺」にもルーツがあります。和歌山県の道成寺に伝わる伝説で、嫉妬を諫める説話として伝わっています。僧侶の 安珍は清姫と恋に落ちますが、彼女の激しい愛情を恐れて逃げ出します。 復讐に燃える清姫は蛇の精に変身し、安珍が身を隠した道成寺の鐘の中で彼を焼き殺します。

能の「道成寺」はその後日譚として生まれました。清姫に鐘を焼かれた道成寺は鐘を再興し鐘供養の日を迎えます。そこに 清姫の亡霊が白拍子の姿となって現れます。白拍子は中世の女芸人を意味する言葉です。白拍子は奉納の舞を舞うかにみせて新しい鐘も祟ろうとする、というのが能の「道成寺」のあらすじです。能の「道成寺」は嫉妬や復讐心が基調にあり「恋に苦しんだ女性が魔物となり愛した男を鐘ごと焼き殺す」という構造は歌舞伎の「京鹿子娘道成寺」にも引き継がれます。

しかし「京鹿子娘道成寺」は恋する女性を瑞々しく描いており、魔物の要素は演目を面白くするスパイスとして活かされています。

能からの継承と歌舞伎独自の表現

先述の通り歌舞伎「京鹿子娘道成寺」は、能「道成寺」にルーツがあります。 白拍子が烏帽子をかぶり中啓を手にし、乱拍子を踏む場面も、能からの影響が色濃く残る重要なシーンです。 

しかし多くの場合、上記の能を感じさせる場面の前に「道行」があります。「道行」とは目的地までの移動中という意味の歌舞伎用語です。「京鹿子娘道成寺」は振袖を着たかわいらしい女性がお出かけを楽しんでいるように始まることが多く、まさかこの女性が清姫の亡霊であるとは想像しにくい愛らしさを放ちます。設定上は亡霊として展開しながらも観客に見せる姿は江戸を生きる乙女とし、明るく華やかな方向に膨らませたことは初代中村富十郎が「京鹿子娘道成寺」の初演を大成功させ、今日まで人気作として残りつづけた大きな要因といわれています。

能と歌舞伎の違いが生む初代中村富十郎の工夫

能は歌舞伎よりも先に生まれ、歌舞伎が生まれた江戸時代には既に幕府の式楽として位置づけられていました。式楽とは儀式に用いられる芸能といった意味です。江戸時代の一般市民が歌舞伎を楽しむようになった頃、能は一般市民が簡単に見ることはできない状況で、能の持つ高尚さも市民にあまり馴染まないものでした。一方で歌舞伎は事件やスキャンダルを素早く演目に取り込み、史実に忠実に構成するよりも、観客を喜ばせることを大切にしました。この土壌があったからこそ、初代中村富十郎の「清姫の亡霊を江戸の可憐な女性として舞躍らせる」という大胆なアレンジが成立したのです。

歌舞伎「京鹿子娘道成寺」の登場人物

歌舞伎「京鹿子娘道成寺」の 主要な登場人物は、白拍子と僧侶たちです。 重くなりがちなテーマを明るく華やかに展開する登場人物について解説します。

  • 白拍子:清姫の亡霊
  • 僧侶たち:物語を彩る名脇役

白拍子:清姫の亡霊

さきほど京鹿子娘道成寺の冒頭は多くの場合「道行」から始まると解説しましたが、「道行」に登場する女性は清姫の亡霊です。かつて清姫のもとから逃げた安珍は道成寺の鐘に逃げ込んだため、清姫は蛇の化身となり鐘ごと安珍を焼き殺しました。清姫に鐘を焼かれた道成寺は鐘を再興し鐘供養の日を迎えたため、清姫の亡霊は白拍子の姿になって道成寺に向かっているのです。

僧侶たち:物語を彩る名脇役

道成寺には僧侶が数十人います。この僧侶たちは「所化(しょけ)」とも呼ばれ厳しい修行を耐え抜くような人物像ではなく、おっとりした人物像で描かれます。道成寺は清姫に鐘を焼かれて以来女人禁制でしたが、道成寺の山門に美しい白拍子があらわれると僧侶たちは好奇心にかられます。白拍子から「鐘を拝ませてほしい」と言われた為、僧侶たちは問答を始めます。たくみに応える白拍子に対し、わりとあっさり許可をだすあたりが笑いを誘います。所化たちは寺に入るエクスキューズとして、白拍子に烏帽子をかぶって踊るよう依頼します。烏帽子は本来男性がかぶるものなので、烏帽子をかぶるとは男性になるということ、なので許可してOKという理屈です。こうした人間味あふれる僧侶たちは、「嫉妬」「執念」「恨み」といった重くなりがちな本作のテーマを和らげる重要な存在です。

歌舞伎「京鹿子娘道成寺」の見どころと注目ポイント

歌舞伎「京鹿子娘道成寺」の見どころは、白拍子の華麗な舞を通して恋する少女から恋愛に苦しむ大人の女性までテンポ良く表現していく点です。一人の役者が女性の群像劇を踊りぬく様は、選ばれた役者の凄みも感じさせてくれます。 本節ではこれらのポイントを詳しく解説していきます。

  • 烏帽子と中啓:能の影響が一番濃い場面
  • 烏帽子から花櫛に:白拍子から町娘へ
  • 引き抜き:町娘から少女へ
  • 数々の小道具で魅せる女心

烏帽子と中啓:能の影響が一番濃い場面

烏帽子をかぶり中啓を手に持ち、白拍子の舞が始まります。中啓とは能で使う扇の一種で、外側にカーブがついているため扇を閉じても絵柄が見える美しい扇です。その装束で乱拍子と呼ばれる複雑な足の動きをする場面は「京鹿子娘道成寺」の中で能の影響が最も濃く表れる場面です。白拍子が厳しい表情で鐘を見上げ、中啓を持つ手がまっすぐ鐘へ伸びる姿は、鐘への執着が滲む印象的な場面です。

烏帽子から花櫛に:白拍子から町娘へ

鐘を見つめるあやしい雰囲気の後、白拍子は烏帽子を取り花櫛を挿します。一変して江戸の町娘の顔つきになります。鐘に執着する妖しい存在から美しい町娘と、巧みに切り替えて踊ることで観客は新鮮な気持ちで舞台を見進めていくことができます。

引き抜き:町娘から少女へ

着物が一瞬で別のものに変わることは通常あり得ませんが、それを見せてくれるのも歌舞伎の素晴らしいところです。「引き抜き」と呼ばれるもので、玉止めせずに衣装を縫い合わせておき、それを一瞬で引き抜くことで早変わりさせる技術です。役者の後ろに後見が控えており、役者と後見が息を合わせて「引き抜き」をします。後見は役者の一門のお弟子さん等がつとめています。「引き抜き」であらたな着物になった白拍子は、振袖の中から鞠をとりだして無邪気に遊び始めます。実際には鞠はなく、役者の動きのみで鞠遊びしているように見せていきます。幼い少女の鞠遊びを歌舞伎役者が動きのみで表現していくという「京鹿子娘道成寺が女形の最高峰」といわれるのも納得できるような名場面です。

数々の小道具で魅せる女心

これまで白拍子は花櫛の町娘・鞠で遊ぶ少女と、小道具を持たずに踊ってきました。こうした踊り方を手踊りといいますが、この後は小道具を用いた踊りが連続していきます。小道具の美しさと役者の表現が重なり、歌舞伎の引き出しの多さを感じられる場面です。

  • 振出し笠
  • 手拭い
  • 鞨鼓(かっこ)
  • 振り鼓

振出し笠

舞台袖にはけた後、白拍子は真っ赤な笠を手にして舞い戻ります。頭に同じ笠をかぶっており、手元の笠は途中から3つの笠に変形する振出し笠です。左右の手に3つの笠と頭上の笠、合計7つの笠を操りながら踊るこの場面は、短いながらも美しく印象的です。

手拭い

再び袖にはけた後、白拍子は手拭いを手にして戻ってきます。手拭いを唇にはさみ物憂げな雰囲気に変わります。ここは「くどき」と呼ばれるパートで、主に女形が三味線や語りに合わせて心のうちを情感たっぷりに表現する見せ場です。手拭いは手鏡にみたてられ白拍子は鉄漿をする真似をします。眉に手拭いを重ねて眉をそり落としたように見せる場面もあります。鉄漿も眉をそることも既婚女性がする装いのため、手拭いの場面は、心から愛する人にみせたくて女性がお化粧をするような切実な雰囲気がただよいます。観客は過去の辛い記憶を白拍子に重ねてしまう方も多いのではないでしょうか。慕う思いが転じて怒りとなり、清姫の亡霊が顔をだしかけるという演技が入った後に少女のような雰囲気に戻ります。大きくなびかせる手拭いは舞い踊る花びらのようになり、手拭いの表情の豊かさに驚かされることでしょう。

鞨鼓(かっこ)

次に登場するのは鞨鼓(かっこ)という小道具です。小さな鼓のような形状をしており役者の帯揚あたりにつけられていて、役者は両手に持ったバチで三味線や鼓に合わせて鞨鼓を打ちながら踊ります。この時に「山づくし」という諸国の名山が歌詞にはいった歌が歌われています。「祈り北山稲荷山」という歌詞は『祈りに来た』と『お稲荷様』を掛けており、清姫の亡霊が狐の姿をして現れかけたような踊りが入ります。こうした清姫の亡霊があらわれそうになる演技が「京鹿子娘道成寺」を盛り上げます。

振り鼓(鈴太鼓)

最後の小道具が振り鼓(鈴太鼓)です。手のひらサイズのクッキー缶のような丸い形状の振り鼓は、指をかける穴があり中に鈴が入っています。振り鼓を両手に持ち、着物や床にうちつけ白拍子の踊りは激しさを増していきます。眼つきが変わり、白拍子は鐘を睨みつけます。舞台はクライマックスへ向かっていきます。

歌舞伎「京鹿子娘道成寺」のクライマックス!

鐘を睨みつける白拍子はもはや鐘に執念を燃やし続ける魔物の雰囲気となっています。ただならぬ様子で鐘に近づくと吊るされていた鐘が地面に降りてきます。

白拍子は鐘の後ろに回りよじのぼろうとします。鐘の後ろから再び顔をあらわすと、髪は乱れ着物は蛇の鱗柄にかわり、清姫の亡霊が蛇の魔物となって今も鐘に執着していることを知らしめます。振袖と腕を鐘に巻き付け、凄む様は恐ろしくもあり、妖しい美しさも放っています。可憐な少女や艶っぽい女性の姿を見せていた役者が瞬時に魔物の様相となる歌舞伎らしい大胆な展開です。ようやく僧侶達は彼女がただの白拍子ではなく、この寺に伝わる清姫の亡霊だと気づき、亡霊を祓う祈祷をしている様子を見せながら幕となります。

歌舞伎舞踊「京鹿子娘道成寺」の鑑賞前に知っておきたいこと

ここまで「京鹿子娘道成寺」について以下の点を解説してきました。

  • 能「道成寺」との関連性
  • 主要な登場人物
  • 見どころと注目ポイント

これらの情報を鑑賞前に知っておくことは鑑賞体験の助けになります。一方で、事前情報を入れずご自身が受け止める感覚を大切にして鑑賞するのも素敵な楽しみ方だと思います。ご自分なりの感想を持ったうえで今回ご紹介したような情報に触れていくのも、歌舞伎の楽しみ方であると思います。本記事が歌舞伎に興味を持った方、歌舞伎を大切に思う方のために役立ちましたら嬉しく思います。

まとめ

能「道成寺」をルーツとする歌舞伎「京鹿子娘道成寺」は、大人気演目であり女形舞踊の最高峰とされています。能の要素と歌舞伎らしい華やかさが融合したこの作品は、美しい舞踊と観客を飽きさせない劇的な展開で観客を魅了します。ぜひ劇場で、その魅力を体感してみてください。

コメント

  1. カマクラ より:

    初めて歌舞伎を見ようと思ったら、何も知識がなくて、でも、国宝の映画の影響もあり、興味が湧いている現在、この記事を見つけ、とても参考になりました。こんなに深い内容に、今後も見たいと思いました。

    • mk より:

      コメントいただきありがとうございます。とても励みになります!(^^)!また楽しんでいただけるような記事を書いていきます。ありがとうございました。

  2. カマクラ より:

    歌舞伎を見に行こうかと思った時に、こちらの記事を見つけました。こんなに深く、こんなに多彩な内容に、まず、びっくり国宝の映画の影響で、ちょっと興味を持った自分としては、とても勉強になる内容でした。

    • mk より:

      コメントいただきありがとうございます。映画「国宝」は私も鑑賞しました。「京鹿子娘道場寺」以外の演目も登場していましたので、そちらもいずれ記事にできたらなと思っています。よろしかったら時々見に来ていただけるとうれしく思います。ありがとうございました。