歌舞伎の衣装に度々登場し、力強くどこか粋な印象を与える格子柄に「弁慶格子」というものがあります。漢字表記から考えると弁慶の着ている格子柄かと思いがちですが、弁慶の衣装に使われるのは「翁格子」です。このような「弁慶格子」にまつわる謎について、この記事では歌舞伎の有名キャラクターを手がかりに解説していきます。弁慶格子を着たキャラクター達は観客にどのように映るのか、他の格子柄との違いは何か、といったことがわかり歌舞伎鑑賞の楽しさが増すことになることと思います。
弁慶格子とは何か——名前の由来とデザイン的特徴を整理する
冒頭でもふれたように「弁慶格子」は弁慶が実際には着ていない文様です。本節では「弁慶格子」の特徴と命名の背景を解説し、後半で扱う「団七縞」や「翁格子」との関係性を理解しやすくしていきます。
- 弁慶格子のデザイン的特徴
- 「弁慶」の名が付いた理由と、その名称が生まれた背景
- 弁慶は弁慶格子を着ていない!?——翁格子との違い
弁慶格子のデザイン的特徴
弁慶格子は、糸を組み合わせて織り出す太縞の格子柄です。現代風に表現すると大きく大胆に作ったギンガムチェックとも言えます。太い縦縞と横縞が交差して力強い印象を与え、細かい市松模様よりも陰影がくっきりとしています。舞台上の役者がすっきりとスタイル良く舞台映えするバランスを追及した結果、このような大胆な格子柄となっていき豪放な人物像を際立たせるために重宝されてきました。現代でも舞台照明のもとでコントラストが映え、男らしさや気性の強さ、粋さを象徴しています。単純な構図の中に、染織の技で微妙な濃淡が施されることによる美しさもあり、格子そのものが“強くて粋”な様子を語るデザインです。
弁慶格子を着た歌舞伎のキャラクターとして代表的なのは義経千本桜の「すし屋」の権太があげられます。(以下画像参照)
(「すし屋」についても解説記事を書いていますので、興味のある方は見てみてください。)

「弁慶」の名が付いた理由と、その名称が生まれた背景
「弁慶格子」という名の由来については定かではなく、「勧進帳」の弁慶からきているわけではないことは先述の通りです。「弁慶格子」自体が持つ視覚的なインパクトの強さや粋さから「この文様は豪放な人に似合うだろう」ということで連想しやすい弁慶の名がだんだん普及していったという流れのようです。
江戸後期には、人物の性格や気質を視覚的に示すため「人物名+文様」の呼称が広まりました。「弁慶格子」もこの流れのなかで生まれたものと考えられています。
弁慶は弁慶格子を着ていない!?——翁格子との違い
「勧進帳」で実際に弁慶が身にまとうのは「翁格子」と呼ばれるものです。(以下画像参照)
翁格子は線が細く、淡い色調で上品な印象を与えます。翁格子の由来は諸説ありますが能の「翁」に由来するともいわれ、落ち着きや知性を感じさせる文様です。実際に弁慶は豪放な面もある一方で、機転を利かせ義経の危機を救ったことからも知性の高い人物と考えられています。

話が少し逸れますが、歌舞伎の登場人物の純朴さを表す描写として素朴な柄を着せることがあります。翁格子はそういった素朴な柄に比べると少し飾り気がありながら、派手すぎず弁慶の衣装として適しているように筆者は推測しています。安宅の関を通過しようと義経・弁慶一行は必死に山伏になりすましますが、この時に矢面に立つ弁慶が「恰好はいいが目立つ」という着物では不自然だったろうと思います。先人たちが弁慶の衣装に「翁格子」をチョイスしたことも意味があるのだろう等々、想像しながら鑑賞するのも歌舞伎の楽しみ方の一つではないでしょうか。

歌舞伎衣裳に見る弁慶格子の使われ方——団七・お六が象徴する“強さと粋”
弁慶格子は、侠客や庶民、気性の強い人物を象徴する衣裳として愛されてきました。団七やお六といった登場人物を通じて、着物の文様が人物像を語る上で良い働きをしているケースを見ていきます。
- 男性だけでなく悪婆もまとう文様——土手のお六に見る弁慶格子の魅力
- 「夏祭浪花鑑」の団七縞——弁慶格子なのに「団七縞」と呼ばれる理由
男性だけでなく悪婆もまとう文様——土手のお六に見る弁慶格子の魅力
弁慶格子は男性向けの柄と思われがちですが、女性が着る場合もあります。代表的なところでは「於染久松色読販」の土手のお六があげられます。お六は歌舞伎の悪婆としても代表的なキャラクターで根強い人気があります。
悪婆とは実際にお婆さんなのではなく「粋で悪くて義理がたさもあってつやっぽい」というような危険な魅力をもった大人の女性を意味します。このような強さと粋が必要なお六に弁慶格子の着物はまさにキャラクターの雰囲気にあったベストな組み合わせと言えるでしょう。

夏祭浪花鑑の団七縞——弁慶格子なのに「団七縞」と呼ばれる理由
「夏祭浪花鑑」の主人公・団七九郎兵衛の衣裳に用いられる柄は、構造的には弁慶格子と同じですがオレンジ色をしています。これが一般にも人気となり「団七縞」と呼ばれるようになりました。意外に思う方も多いかと思いますが、実は歌舞伎の世界で「団七縞」の呼称は使いません。柿色の弁慶格子なら「柿弁慶」、藍色なら「藍弁慶」と呼びます。本来は黒系の弁慶格子が正式なものとされているのです。

弁慶格子なのに童子格子!?——車引きにみる鮮やかな弁慶格子の不思議
文様の構造としては弁慶格子と同じですが、弁慶格子と呼ばれないものとして「団七縞」の他に「童子格子」もあげられます。「菅原伝授手習鑑」の「車引」で三つ子の兄弟が紫の弁慶格子を着ています。「車引」は荒事の様式美を味わえる作品として代表的な演目ですが、その美しさを醸し出すのに一役買っているのがこの紫の弁慶格子です。「紫弁慶」とは言わず歌舞伎では「童子格子」と呼ばれます。(以下画像参照)

歌舞伎の「童子格子」の他に文様辞典等に掲載されている「童子格子」もあります。(以下画像参照)
こういった知識は知らないとしても歌舞伎鑑賞に支障はありませんが、知っていると鑑賞の楽しさも増していく豆知識でもあります。

まとめ
- 弁慶格子は太縞の格子柄で、豪放で粋な人物像を象徴する。
- 「勧進帳」の弁慶は翁格子を着ており、「勧進帳」で安宅の関を通過するという緊迫した場面にふさわしい衣装といえる。
- 弁慶格子の視覚的な強さと粋さは「すし屋」の権太、「夏祭浪花鑑」の団七、「於染久松色読販」のお六らのキャラクターを物語ることに大きく役立っている。
- 本来は黒系のものを弁慶格子と呼び、文様の構造は同じでもオレンジ色は一般では「団七縞」、車引の紫の弁慶格子については「童子格子」と呼ぶ。
- 歌舞伎の「童子格子」と文様辞典等に掲載される「童子格子」は別個のものである。
今回は「弁慶格子」にまつわる歌舞伎および周辺知識について解説しました。このような知識は演目の味わいを深めたり、着付けや和雑貨等への興味のきっかけになることもあるかと思います。本記事が歌舞伎に興味を持った方、歌舞伎を大切に思う方に役立ちましたらうれしく思います。



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