「渡海屋」と「大物浦」|義経千本桜における平家の気高い姿を解説

演目
【東京都立中央図書館所蔵】「義経千本桜」より新中納言平知盛

三大義太夫狂言の一つである『義経千本桜』のなかで最も時代物の要素が強いのが「渡海屋とかいや」と「大物浦だいもつのうら」です。「時代物というとすごく昔の話でわかりずらそう」と思う方も多いかもしれませんが、初めに登場人物を整理しておけば問題なく歌舞伎ならではの重厚感を楽しめる演目です。この記事では複雑に感じやすい人物関係を図解も交えて解説しますので、興味をもった方はどうぞ最後まで読み進めてみてください。

「渡海屋」と「大物浦」の登場人物

渡海屋とかいや」と「大物浦だいもつのうら」の主な登場人物は以下の7名です。

「渡海屋」と「大物浦」のあらすじ

源義経は平家を討伐し大手柄をたてましたが、兄源頼朝から謀反の疑いをかけられてしまい九州へ逃亡しようとしています。大物浦だいもつのうらまで来ましたが悪天候で船を出すことができず廻船問屋「渡海屋とかいや」で数日足止めされています。義経の家来弁慶は僧侶のふりをして正体がばれないようにしています。渡海屋ではたらく女性達が弁慶に「今日はお不動様の縁日ですよ、行かなくてよいのですか」と尋ねます。すっかり忘れていた弁慶は急いで出かけようと足元で昼寝をしていた渡海屋の娘おやすをまたいで玄関口へ行こうとしました。すると弁慶の足に鋭い痛みが走ります。お安の発する特別な何かが足に痛みを与えたことから、弁慶はその娘は安徳帝あんとくていであることに気がつきました。弁慶はそしらぬ顔で縁日に向かうふりをしながら外に出ていきました。

渡海屋に履物もぬがずに上がりこむ態度の悪い武士達がやってきました。渡海屋のおかみおりゅうに「早く船を出せ」と執拗に要求します。先述のとおり渡海屋には先客(義経一行)が天候待ちで待機していますので、先客をとばしてこの無礼な武士達に船を出すことはできません。緊迫したところへ渡海屋主人の銀平ぎんぺいが帰ってきました。

銀平は「この数日天候回復をまっている先客がいる状況で、先客をないがしろにしてまで船を出すわけにはいかない!」と威勢よく啖呵を切り先客(義経一行)を守りました。

この大騒動を渡海屋の中で聞いていた義経一行は、お安は安徳帝であると気づいたことと併せて「渡海屋は平家の残党が営んでいる」と気が付き急いで船出することにしました。一方で渡海屋銀平は実は平知盛たいらのとももりであり、無礼な武士達は実は知盛の家来でした。先ほどの騒ぎは義経達に「渡海屋はお客様を守っていますよ」と思わせ、義経一行を油断させるための芝居を打っていたのでした。
義経一行が急いで船出していったので、平家一同も戦いの装束に着替え海上で義経を打つべく船出していきました。渡海屋にのこったお安とお柳は本来の身分に相応しい装束に着替え、安徳帝と典侍すけつぼねとして海上の戦いの行方を見守っています。平家の船の灯りが一つまた一つと消えていき、戦況の厳しさが伝わってきます。もはやここまでと安徳帝と典侍の局が入水しようとしたところに義経一行が現れて間一髪引き止めました。

深手を負いざんばら髪になった瀕死の知盛が、必死に敵を倒しながら岸辺の義経一行のところに来ました。知盛は安徳帝と典侍の局がとらえられた様子を見て、最後の力をふり絞り義経を討とうとします。義経は知盛に「帝の命は守る」と伝え、安徳帝も「義経の気持ちを悪く思わないでくれ」と知盛に語りかけます。

義経と安徳帝のやり取りをみて典侍の局は「自分がこのまま生きていたら帝の乳母は平家の残党であるため迷惑をかけてしまう」と思い自害してしまいます。出家をすすめる意味で知盛に数珠が渡されますが、知盛は受け入れられません。安徳帝の言葉と典侍の局の自害から平家再興は完全についえたことを悟った知盛は、近くにあった碇を巻き付け碇もろとも海に身を投げて幕となります。

海上の義経を追う平家の着物が死に装束であった理由

義経千本桜は源平の戦い後の時代を描いていますが、平家は実は生き延びているというフィクションの要素が含まれています。「渡海屋とかいや」「大物浦だいもつのうら」の知盛も同様の設定ですが、劇中で表向きは亡くなったことになっているため平家一門は義経の前に姿を表す際「平家の亡霊が義経を襲っている」という体で戦います。そのため亡霊=死に装束ということで平家一門の武士は白い着物で戦いに臨みます。
おごそかな白い衣に身を包んだ知盛が、最後は赤く染まった衣とざんばら髪で碇とともに海に散っていく姿はまさに平家を象徴しており観客に強い衝撃を残します。「碇知盛」と称されることも多いこの場面は大変悲しい場面でもありますが、立ち役の大役を務める役者の気迫が存分に味わえる名場面でもあります。興味のある方はぜひ一度劇場で見てみてください。

義経千本桜で描かれる平家のその後

義経千本桜で登場する平家の人間として代表的なのは平知盛たいらのとももり平維盛たいらのこれもりです。知盛は碇を用いた壮絶な最期を迎えることは先述の通りですが、知盛からみて甥にあたる維盛は出家という道を選びます。維盛は「すし屋」に登場する平家の貴公子で、すし屋を営む弥左衛門、その息子権太とその妻子の命がけの献身によって命が救われていきます。知盛も維盛も源氏から出家を勧められ「命までは奪わない」というメッセージを受け取りますが、出家を拒む知盛と受け入れる維盛と様々です。

これは筆者が思うことですが、知盛は仮に出家してその後生きたとしても心安らかな日は来なかったように思います。維盛についてはすし屋を軸に多くの庶民が犠牲になって維盛を救おうとしますので、維盛が出家を拒んでは浮かばれない人が多すぎるように思います。歴史上の知盛は鎧を二つ着て入水したとの記録もあり、維盛は平家全盛時は貴公子として浮名をながし最終的にどうなったか不明とも言われる人物です。義経千本桜という演目を作るにあたって見事に史実とフィクションを融合しているように思います。(義経千本桜の「すし屋」は当ブログでも記事にしていますので、興味のある方はそちらも見てみてください。)

典侍の局の肝の座りっぷりは歌舞伎鑑賞の醍醐味

渡海屋とかいや」と「大物浦だいもつのうら」で欠かせないのが典侍すけつぼねの存在です。帝の乳母になる程の人物ですので教養ある人格者といった雰囲気です。しかし平家討伐の機会をうかがっている期間は渡海屋のおりゅうとして廻船問屋のおかみを違和感なくやってのけています。このように典侍の局は「渡海屋」では庶民の女形、「大物浦」では帝の乳母という振り幅の大きい役であり女形の大役です。帝のためには庶民のふりをし、帝の足枷になると思えば躊躇なく自害するという徹底した生き様は、現代ではなかなか遭遇できない人物像です。現代人がここまで他人のために生きていく必要もないとは思いますが、典侍の局のような人物もかつての日本にはいたのだろうと思いを馳せてみることも歌舞伎鑑賞の楽しみであるように思います。

まとめ

・義経千本桜の「渡海屋とかいや」「大物浦だいもつのうら」は平家の残党が義経への報復をねらう物語であり平家が庶民のふりをしている「渡海屋」では世話物、平家として義経を討とうとする「大物浦」では時代物が味わえる演目である。

・義経千本桜は「実は平家は生き延びている」というフィクションの要素もあるため、義経一行と戦う際には平家の亡霊ということで死に装束で戦っている。

・平家の中枢にいた知盛と維盛これもりは物語の中で出家を勧められるが、知盛は出家を拒み自害し素直に出家する維盛とは対照的である。それぞれのキャラクターは史実とフィクションをうまく融合させており、劇作者達の手腕が光っている。

典侍すけつぼねは帝の乳母でありながら、廻船問屋のおかみもやってのけ最終的には帝のために自害する信念の人であり、架空の人物ではあるが類似した人物はかつての日本にいたのだろうと考えてみることは歌舞伎鑑賞の楽しみの一つでもある。

「渡海屋」と「大物浦」は散りゆく間際に平家の気高さが随所に描かれた名作です。散りゆくことは悲しくもありますが、演劇鑑賞ならではの感動が観客にとってすばらしい時間にもなり得るかと思います。興味のある方はぜひ見てみてください。

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