加茂堤|「菅原伝授手習鑑」序段前半の演目をすっきり解説

演目

「菅原伝授手習鑑」という言葉は聞き覚えがあっても、「加茂堤」はあまりなじみがない方もおられることでしょう。 「加茂堤」は「菅原伝授手習鑑」序段の前半に位置する場面です。学問の神様として祀られている菅原道真公の右大臣時代を舞台にした壮大なストーリーは「加茂堤」で幕をあけます。本記事では初めての方にもわかりやすく、人物の相関関係・あらすじ・「加茂堤」が「菅原伝授手習鑑」に対して生む効果について解説していきます。

  • 「加茂堤」の登場人物と人間関係を解説(関係図あり)
  • 「加茂堤」のあらすじ
  • 「加茂堤」が「菅原伝授手習鑑」に対してもたらす効果

「加茂堤」の登場人物と人間関係を解説(関係図あり)

「加茂堤」は登場人物の関係を整理しておくと、より一層楽しめます。

菅丞相かんしょうじょう :菅原道真公
      右大臣で天皇から厚く信頼されている
藤原時平ふじわらのしへい:左大臣で菅丞相を敵視している
斉世親王ときよしんのう:天皇の弟で苅屋姫と恋仲
苅屋姫かりやひめ :菅丞相の養女
四郎九郎しろうくろう:菅丞相の家臣で別荘を守る
     三つ子の父
三つ子 :梅王丸・松王丸・桜丸の三人
     菅丞相が名付け親となる
八重  :桜丸の妻

菅丞相は三つ子の働き口も手配してくれたので、三つ子はそれぞれ別の主人のもとで舎人とねり(牛車を引き、牛の世話などをする人。現代の運転手に近い存在)として仕えています。

四郎九郎と三つ子の主人たち

四郎九郎と三つ子の主人を整理すると以下となります。四郎九郎と梅王丸は親子二代で菅丞相に仕え、別の主人に仕える松王丸と桜丸にとっても菅丞相は大恩人なのです。

  • 四郎九郎:菅丞相に仕える
  • 梅王丸 :菅丞相に仕える
  • 松王丸 :藤原時平に仕える
  • 桜丸  :斉世親王に仕える

「加茂堤」のあらすじ

「菅原伝授手習鑑」のスタート地点である「加茂堤」は、天皇の弟である斉世親王ときよしんのう菅丞相かんしょうじょうの養女の苅屋姫の恋がメインテーマです。二人は恋仲でありながら身分がある者同士でなかなか会えません。斉世親王の舎人(牛車を引く人。現代でいう運転手)の桜丸は妻の八重と協力し、恋する二人が会えるタイミングを作ります。天皇の病気平癒祈願の式典を斉世親王が抜け出し苅屋姫と牛車の中で会えるよう取り持ったのです。二人の時間を喜び合うも束の間、密会が藤原時平ふじわらのしへい(菅丞相に敵対する左大臣)達に感づかれてしまい、二人のもとへ取調べが向かってきます。間一髪で二人は逃げていくというのがこの演目のあらすじです。斉世親王と苅屋姫の真剣な思いを桜丸・八重夫妻が援護射撃する様子は観客を和ませますが、2組のカップルが起こした騒動が「菅原伝授手習鑑」という壮大なストーリーの火蓋を切ることになります。

「加茂堤」が「菅原伝授手習鑑」に対してもたらす効果

「加茂堤」は斉世親王ときよしんのう(天皇の弟)と苅屋姫かりやひめ(菅丞相の養女)の忍ぶ恋を、斉世親王の家来である桜丸・八重夫妻が応援するというほほえましい場面です。

しかし、二人の密会は藤原時平ふじわらのしへい(菅丞相に敵対する左大臣)らに気づかれ菅丞相を陥れる陰謀に利用されてしまいます。陰謀に利用される場面の詳細は次の演目「筆法伝授」で描かれますが、藤原時平のたちの悪さは「加茂堤」の時点で色濃く漂っているのです。主人を思い、若い二人を応援した桜丸・八重夫妻の純粋さが、不穏な空気感と相まって悲しく感じられる場面です。

桜丸と八重:「加茂堤」を盛り上げるもう一組の男女

「加茂堤」を味わうには斉世親王と苅屋姫だけでなく、桜丸・八重夫妻の人柄の良さに着目すると良いでしょう。自分達は結婚して幸せなので、主君(斉世親王)と大恩人(菅丞相)の娘の恋に協力したいと思っているような気のいい夫婦です。桜丸と八重に焦点をあて「加茂堤」の見どころを解説します。

  • 桜丸と八重は夫婦仲も人柄も良い
  • 夫の制服を着て頑張る八重のいじらしさ

桜丸と八重は夫婦仲も人柄も良い

桜丸・八重夫妻も若く、斉世親王と苅屋姫の心情を察しやすい世代にみえます。夫婦は家来として主君を大切に思う忠誠心と、自分達も結婚して幸せであるがゆえに主君(斉世親王)と大恩人(菅丞相)の娘の恋を応援したいと思いキューピッド役を買って出ているような様子です。自分達の善意が悲劇を引き起こすとはまったく予想していない純粋さがあり、観客は微笑ましさと悲しさを感じながら舞台の行く末を見守ることでしょう。二人を邪魔しないよう桜丸・八重夫妻は一時距離をとりますがその矢先、藤原時平の手下が近づいていることを知り斉世親王と苅屋姫は逃げ出してしまいます。桜丸は斉世親王達を探しにいき八重は桜丸の代わりに牛車を引いていくことにします。

夫の制服を着て頑張る八重のいじらしさと女形の見せ場

桜丸の代わりに牛車を引くため、八重は桜丸の白丁(はくちょう。舎人の制服)を着て変装します。現実的に考えれば妻が夫の制服を着たところで、夫に見間違えるほどの変装にはなりませんが、できることをやったら後は全力で牛車を引く八重のいじらしさは演目のラストを大いに盛り上げます。この場面は「何かを引く芸」と見ることができます。「菅原伝授手習鑑」は「車引」という男性が車を引く大人気演目が続きますが「何かを引く」というエッセンスを先に女形で見せているのです。「菅原伝授手習鑑」という壮大な物語にリズムをつける意味でも、八重が牛車を懸命に引く場面は演目をしめくくる名場面です。

筆法伝授・寺子屋とのつながり

「菅原伝授手習鑑」は全五段で構成されています。「加茂堤」と「筆法伝授」は序段にあたり、後続のすべてに影響しますが、なかでもつながりが濃いものを以下の概要図でオレンジ色にしました。

「加茂堤」で斉世親王と苅屋姫は密会し「筆法伝授」では密会が藤原時平により「菅丞相は天皇の弟に自分の娘を嫁がせ権力を強化し、天皇を脅かそうとしている」という謀反に仕立てられてしまいます。窮地に立たされる菅丞相を見て、元部下の武部源蔵は「せめてお家断絶は免れるようご子息をお預かりします」と提案し菅丞相の息子である管秀才(かんしゅうさい)を預かります。

「寺子屋」は管秀才をかくまいながら寺子屋をしている武部源蔵のもとに、藤原時平の一味が来て管秀才の首を討って差し出すよう迫ります。武部源蔵は管秀才を守るため教え子の首を討ち差し出す決断をしますが、どうしてそのような決断ができたのか現代人は理解が追いつかないこともあると思います。「筆法伝授」を鑑賞すると菅丞相はいかに家来から慕われているのかがわかり、武部源蔵は忠義のために仕方なく管秀才を預かったのではなく、本心から預かりたいと思い申し出たことが伝わってきます。このように「加茂堤」を筆頭にそれぞれの演目が見事に影響しあって物語に深みを与えています。数百年の時を経て、今も人気演目であるのも納得の構成です。

義太夫狂言とは:文楽の台頭と歌舞伎低迷が生んだジャンル

義太夫狂言について以下の3つの視点で解説します。

  • 義太夫狂言とは
  • 歌舞伎低迷の背景
  • 義太夫狂言と呼ばれる理由

義太夫狂言とは

義太夫狂言とは「文楽の人気演目を歌舞伎版にしたジャンル」という意味です。
歌舞伎が低迷した際に、起死回生をかけて文楽の歌舞伎化を行いこのジャンルが確立していきました。

歌舞伎低迷の背景

江島生島事件と八代将軍吉宗による享保の改革が、歌舞伎を低迷させていきます。正徳四年(1714年)に大奥の御年寄(大奥の女性最高位の役職)江島がお寺参拝の帰りに歌舞伎を見ていたところ、羽目をはずして門限に遅れてしまいました。江島の門限破りは「役者生島新五郎と江島の密会がもとで門限に遅れた」とスキャンダルに発展してしまいます。事件当時も密会の真偽は不明でしたが、幕府の恥であり処罰が急がれ歌舞伎界も約1500人が処罰されました。江島が観劇していた山村座は廃座となり他の芝居小屋も規模縮小を迫られるなど歌舞伎は低迷していきます。その矢先に享保の改革が始まり、質素倹約が奨励され歌舞伎は贅沢の象徴として弾圧されさらに低迷していきました。

義太夫狂言と呼ばれる理由

歌舞伎低迷に追い打ちをかけるように文楽は人気を博していきました。歌舞伎界は復活をかけて文楽の歌舞伎化をはじめ、大当たりしていきます。文楽のなかでも義太夫節で上演するものが大人気であったため、その歌舞伎化ということで「義太夫狂言」というジャンルが確立していったのです。その後「菅原伝授手習鑑」「義経千本桜」「仮名手本忠臣蔵」の三つが立て続けに大ヒットし今も三大義太夫狂言と呼ばれているのです。

まとめ

  • 「菅原伝授手習鑑」の「 加茂堤」は若者の恋を描きつつ、政争や忠義をめぐる悲劇の伏線となっている。
  • 桜丸・八重夫妻に注目することで忠義心の深さや「何かを引く芸」を女形で見せる面白さに気づける。
  • 「加茂堤」は特に「筆法伝授」「寺子屋」とのつながりが深く「菅原伝授手習鑑」全体を味わい深くしている。
  • 義太夫狂言は歌舞伎が衰退しかけた時の打開策として文楽を歌舞伎化したことから生まれた。

    「菅原伝授手習鑑」は「車引」や「寺子屋」が注目されがちですが、「加茂堤」を見ることで物語全体の感動の深さが違ってきます。本記事が歌舞伎に興味を持った方、歌舞伎を大切に思う方に役立ちましたらうれしく思います。

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