義経千本桜の「すし屋」は聞いたことがあるけれど「木の実」「小金吾討死」は初めて聞いたという方も多いかもしれません。実際に「すし屋」は単体で見ても満足できる味わい深い演目です。一方で「すし屋」のなかに散りばめられたシーンには「木の実」と「小金吾討死」からの流れを引き継いでいる場面がたくさんあるのも事実です。それらを把握した上で「すし屋」を見ると観劇の満足度がアップしますので、本記事ではすっきりわかりやすく「木の実」と「小金吾討死」の見どころを解説していきます。
「木の実」と「小金吾討死」の登場人物(図解あり)
「木の実」と「小金吾討死」の主な登場人物は以下の7名です。


「木の実」と「小金吾討死」のあらすじ
平維盛の妻若葉内侍は維盛が生きて高野山にいると聞いたため、高野山へ向かっています。維盛と若葉内侍の息子である六代君はまだ幼く、追われる身の母子には主馬小金吾が従者としてつき二人を守っています。
旅の途中、六代君が体調を崩し茶屋で休んでいます。茶屋の主人は若葉内侍と同様に子を持つ母であったため、若葉内侍は子供の薬をわけてほしいと頼みます。子供の薬を持ち合わせていない茶屋の主人は店番を若葉内侍一行に任せ、息子とともに薬を調達しに行きます。六代君の気が紛れるように、若葉内侍一行は近くの木が落とす木の実を拾いはじめました。
通りがかりの男が茶屋の隣の椅子にこしかけてきました。見ると若葉内侍達の荷物とそっくりの荷物を持っています。この男は権太といい、愛想よく「落ちている木の実は虫食いでスカスカだよ」と話しかけてきます。さらに木に向けて石をなげ、その振動で実のつまった木の実を地面に落としてやり、若葉内侍一行を喜ばせました。

権太は「それじゃお先に」と茶屋を出ていきましたが、荷物の持ち方が妙によそよそしいです。ほどなくして小金吾は荷物が権太のものと取り違えられていることに気が付いたので、目の前の荷物を開けて自分たちのものではないことを確認し、また荷物を閉じました。
権太が慌てた様子で戻ってきて、荷物を間違ってしまったことを平謝りします。権太を怪しんでいた小金吾もその様子に単なるミスなのかと思いましたが、権太の様子が豹変します。
自分の荷物が開けられたことに気づいた権太は、あったはずの金がないので返せと執拗に要求します。はじめからゆすりが目的で愛想よく近づいてきたのでした。あらぬ言いがかりをつけられた小金吾は毅然とした態度で権太に刃を向ける構えでしたが、見かねた若葉内侍がお金を渡してことをおさめるよう小金吾をさとします。権太にお金を渡し、若葉内侍一行は茶屋を去って行きました。
様子をみていた茶屋の主人が権太に話しかけます。親しげに話す茶屋の主人は権太の妻小せんだったのです。夫が悪事をくり返すことをまったく良いと思っていない様子の小せんと、小せんに改心を促されても一向にその気がないような権太の会話はかみあっていないようでありながら、夫婦仲はとても良さそうです。こうして仲良し家族が茶屋の閉店作業をして帰宅していく様子で「木の実」は幕となります。
「小金吾討死」は一転して緊迫した演目となります。夜も更けたなか、ざんばら髪の小金吾が大量の捕手にかこまれながら必死に戦っています。平家の残党の妻子である若葉内侍と六代君の命は常に狙われていて、小金吾は二人を守るべく戦いながらはぐれてしまったのです。一対多数で戦う小金吾は大健闘を見せますがついに敵の刃に倒れます。

小金吾のなきがらのそばを一人の男性が通りかかりました。この人は権太の父親です。夜道でなきがらに遭遇し驚く男性ですが、思うところがあるようで小金吾に切りかかる、というところで「小金吾討死」は幕となります。
「すし屋」への序章:「木の実」と「小金吾討死」のみどころをを解説
「すし屋」は単体で公演されることも多いですが「木の実」と「小金吾討死」は単体で公演されることはあまりありません。通し狂言(義経千本桜などの長編ストーリーを一日がかりで全て公演すること)の際に「すし屋」とのつながりを意識しながら見ることでより一層楽しめる演目とも言えます。この節では「すし屋」にどのような影響を与えているのか簡潔に解説していきます。
- 権太と妻子 …ただの悪人でもない!?夫婦仲の良さが「すし屋」の悲しさを強める
- 小金吾…悲しい役目を全部背負い込むような悲劇の若武者
- 「小金吾討死」の視覚的な魅力
権太と妻子 …ただの悪人でもない!?夫婦仲の良さが「すし屋」の悲しさを強める
権太はゆすりをすることに罪悪感もない様子ですが、妻の小せんはこれを良しとしておらず度々改心するよう権太に言っています。小金吾にゆすりをした現場は小せんの茶屋でしたが小せんは権太と共謀しているわけではないのです。二人の息子善太は権太に「遊んで~」とせがみ親子仲も良い様子です。
以後ネタばれになります。「すし屋」では権太は悪人として物語が展開していき、自身の妻子を若葉内侍と六代君の身代わりとして差し出す場面がでてきます。初めて「すし屋」を見た観客にとっては「悪人はどこまでいっても悪人だ」といった受け止めになっても仕方ないですし、そのように受け止めながら鑑賞しても問題はありません。
しかし「木の実」を通して権太と妻子は仲の良い家族であることを把握してから身代わりに差し出す場面を見ると権太の様子も差し出される小せんと善太の様子もまったく違ったものに見えてきます。権太は平維盛と父弥左衛門のため、小せんと善太は権太のため、とみんな大切な人のために大きすぎる代償をはらっているという演劇的でありながら真剣な思いが「木の実」と「すし屋」をつなげて捉えることで見えてくるのです。
ここまで「木の実」と「すし屋」の関係について解説しました。当ブログでも「すし屋」について記事を書いていますので興味のある方はそちらも見てみてください。
小金吾…悲しい役目を全部背負い込むような悲劇の若武者
権太にいいがかりをつけられお金をとられ、最後には戦いで命をおとすという小金吾は終始かわいそうな役回りです。
しかしこの生真面目な青年の命は多くの人の命を救うことになります。以下ネタばれとなります。小金吾が敵に敗れなきがらとなったところへ、権太の父弥左衛門が通りかかります。弥左衛門はなんと若葉内侍の夫平維盛を匿って守るすし屋の主人でした。弥左衛門は源氏方の武将から維盛の首を差し出すよう命令され悩んでいるところへ小金吾のなきがらに遭遇しました。行き詰っていた弥左衛門はなきがらの首を討ち、維盛のにせ首にして維盛を守ろうとして持ち帰ります。
「すし屋」を単体で初めて見た観客は「弥左衛門が道端のなきがらから首を持ち帰ったのだな」と解釈すると思います。その解釈もまったく問題ありませんが、「木の実」と「小金吾討死」の流れを把握することで「すし屋」で小金吾は維盛と若葉内侍、六代君の命を救うことに大きく貢献したことがわかるのです。「すし屋」は悲劇の青年小金吾の命がけの大貢献の物語でもあるのです。
ここまで「小金吾討死」と「すし屋」の関係について解説しました。当ブログでも「すし屋」について記事を書いていますので興味のある方はそちらも見てみてください。
「小金吾討死」の視覚的な魅力
「小金吾討死」は端的に表現しますと立ち回りが大部分を占める視覚的にも楽しめる演目です。ゆれ動くざんばら髪は躍動感を盛り上げ、大勢の捕手が刀をふりかざす様はきらきらと美しくもあります。演じる役者の型によって演出はかわるかと思いますが菊五郎劇団が演じる場合立ち回りの芸の実力の高さは有名です。捕手が何本も縄を投げ小金吾が蜘蛛の巣に閉じ込められるようになるかと思えばするりと抜けて見せたり、縄がハンモックのように編まれた上に小金吾が乗ったりと、すばらしい技術が披露されます。悲しい場面ではありますが役者の鍛錬が花開く様子を見られる演目でもありますので興味のある方はぜひ一度見てみてください。
まとめ
・「木の実」では権太・小せん・善太が仲の良い家族を築いていることがわかり「すし屋」の身代わりがいかに辛いことかを理解できる。
・小金吾は「木の実」「小金吾討死」と苦労がかさなり最終的に命を落とすが「すし屋」では維盛・若葉内侍・六代君を救うことに大きく貢献する。
・「小金吾討死」は視覚的にも立ち回りの高い技術を堪能できる演目である。
義経千本桜の「木の実」「小金吾討死」は「すし屋」にちりばめられたシーンの納得感を増し感動を引き出す役目をもった演目です。「すし屋」のように単体で公演されることは少ないので興味をもたれた方は「義経千本桜」の通し狂言があった際に観劇すると良いのではないでしょうか。この記事が歌舞伎に興味を持った方、歌舞伎を大切に思う方に役立ちましたらうれしく思います。



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