「御所五郎蔵」は『曽我綉俠御所染』という演目の後半にあたります。現代では前半が公演されることはほぼないのですが、後半の「御所五郎蔵」は今も度々公演される演目です。傾城・侠客・不思議な術・愛想尽かしといった歌舞伎の見どころが詰まった「御所五郎蔵」を、歌舞伎が初めての方も見逃さず鑑賞してこれるよう解説していきます。
「御所五郎蔵」の登場人物(図解あり)
「御所五郎蔵」の主な登場人物は以下の4名です。


「御所五郎蔵」のあらすじ
ある遊郭に御所五郎蔵という侠客が子分を連れてやってきました。ちょうど同じころ星影土右衛門という武士も子分をしたがえてやってきます。お互いに相手に気が付き久しぶりの再会に驚きあっています。この二人は同じ大名に仕えていた間柄で、御所五郎蔵は館内の奥女中(現在の妻皐月)と恋人関係になった為追放されており、星影土右衛門も謀反を企てた為追放されています。しかも星影土右衛門は当時から皐月に好意があり、振られた後もずっと思い続けているのでした。

そんな二人が遊郭で顔を合わせたのには理由がありました。
御所五郎蔵は侠客だけあって身なりはおしゃれで伊達男を決めており、子分達も揃いの着物でおしゃれです。とはいえ立場は侠客、収入は安定せず子分達への出費もかさみいつもお金に苦労しており、妻の皐月は傾城になり夫を支えているのでした。

その話を聞いた星影土右衛門は、今も思いを寄せる皐月にお客として会うため遊郭に来ているのです。しかも土右衛門はもう一つ腹が立っていました。先日遊郭に来た時に子分達が御所五郎蔵の子分たちにぶたれているのです。
因縁の相手の五郎蔵に土右衛門は「皐月にお客として会いに行くからな」と告げます。五郎蔵は落ちついたもので「好きにするがいい。皐月は酒の席での接待なので、それ以上の相手は別の人になると思っておけ」と返します。土右衛門は「身請けも考えている」と伝えると五郎蔵はさすがに焦りはじめ「身請けするとしても皐月の身元保証人は夫である俺なので結婚はさせない」と威嚇します。

五郎蔵と土右衛門の喧嘩がはじまりそうな時、甲屋(皐月が働く店)の主人が喧嘩の仲裁に入ってくれました。そのおかげで喧嘩の決着はまた後日つけることとなり、土右衛門はそのまま甲屋で一杯やり五郎蔵はその場を後にしました。
場面が変わり、甲屋の中の皐月が悩んだ表情を浮かべています。昔勤めていた恩義ある浅間巴之丞が傾城逢州にいれあげており、代金二百両の未払いが続いています。その支払い期日が今日ということで、昔の主人のメンツをつぶさないよう五郎蔵が立て替えようとしていますが資金調達ができません。そこで皐月に準備するよう知らせが届き、困り果てているのでした。

その様子を近くで聞いていた土右衛門が「二百両は自分が貸してやる」といって現れます。皐月にとって土右衛門は昔振ったにもかかわらず長年好意を寄せてくる煙たい存在です。本心で言えば二度と会いたくない相手ですが、大切な五郎蔵のことを思うとありがたい話です。二百両を受け取るか逡巡する皐月に土右衛門は「退状(縁切り状の意味)を書いてくれ」と条件を出します。さらに「主人のメンツが守れなければ命を断ちかねない五郎蔵のことを考えたら、夫を生かすも殺すもあなた次第だ」と追い打ちをかけてきます。辛い選択ですが、五郎蔵を愛する皐月は土右衛門の話に乗り退状を書きました。

皐月の退状を土右衛門の子分が五郎蔵に届けに行こうとした時、五郎蔵がやってきました。頼んでいた二百両は調達できたか聞きにきたのです。五郎蔵は退状を読み、皐月から直接「あなたといると苦労ばかりですから、よくしてくれる土右衛門さんといることにします。」という愛想尽かしを言い渡されてしまいます。絶望の最中の五郎蔵は、皐月が金銭工面のため泣く泣く愛想尽かしのフリをしていることに気が付きません。
怒りのあまり周囲の人になぐりかかろうとする五郎蔵を見かねて、もう一人の傾城が部屋に走りこんできました。五郎蔵に「拙速な考えでは危険なので落ち着くように」と諭します。その傾城こそが元主君浅間巴之丞が愛する傾城逢州でした。短気ですが義理堅い五郎蔵は主君の思い人からの要求とあって、振り上げた拳をおろします。
土右衛門も皐月も二百両を受け取るように話しますが「手切金なんざ受け取るものか」と聞き入れません。そして名台詞「晦日に月の出る里も、闇があるから憶えていろ」と吐き捨てて去っていきました。

土右衛門は長年恋焦がれた皐月が自分の相手になり、うれしそうに次の店に行こうとしますが皐月の体調がすぐれません。一緒に夜道を歩きたい土右衛門が残念がるので、また逢州が皐月へ助け舟をだします。「皐月さんの打掛を私(逢州)が着て、皐月さんの提灯をともして歩けば夜道には誰だかわかりませんから、それであなたの顔もたつでしょう?」と土右衛門を説得してくれました。
渋々了承した土右衛門が部屋を出たタイミングで皐月は手紙を逢州に託します。愛想尽かしは金銭工面のための芝居であることを五郎蔵に伝えるための手紙でした。手紙を受け取った逢州も部屋を出ていきました。

場面が変わり、皐月の打掛を着て皐月の提灯をともした逢州が土右衛門と夜道を歩くところへ五郎蔵が現れました。すばやく提灯の灯りを消し真暗闇にしてしまいます。
土右衛門は術を使い身を隠しますが、逢州は暗闇のなか逃げることができません。傾城の着物の手触りで皐月だと思い込んでいる五郎蔵は逢州を切り殺してしまいました。倒れこんだ逢州の顔に店の提灯の灯りが差し込み、やっと五郎蔵は人違いで逢州を殺めてしまったことに気が付きます。申し訳なさに動揺する五郎蔵のもとへ土右衛門が現れ死闘を繰り広げる様子を見せながら幕となります。
金銭的余裕の無い五郎蔵が元主君の未払いを肩代わりする理由
五郎蔵もかつては大名浅間巴之丞の下に仕える武士でした。その頃、同じ屋敷で奥女中をしていた皐月と恋仲になってしまい、それがもとで二人は追放されてしまいます。当時は同じ主君の元で働く男女の交際は命を失いかねない重罪でしたが、浅間は二人とも追放処分にして命を助けてくれたのです。二人とも追放ならば結婚できる為、二人は晴れて夫婦になりました。この一件があり、主君浅間に五郎蔵は深く恩義を感じています。
大切な浅間が遊郭の傾城逢州に入れあげ、支払いの催促が屋敷に届いては大名の面目がつぶれると思い、五郎蔵はいったん立て替えようとしているのでした。皐月にとっても恩人であり夫五郎蔵がとても大切に思っている浅間のためと思うと、皐月も二百両を必死に工面しようとしていたのでした。
名台詞「晦日に月の出る里も、闇があるから憶えていろ」とは?
太陰暦の前提でお話が進んでいますので、日付は月を基準に考えます。晦日=30日は新月なので一般的には月がでない暗い夜です。一方で物語の舞台は遊郭のため、晦日も夜遅くまで灯りがついて明るいということを台詞前半で言っています。「それでも暗い部分はある、そこを狙って復讐に行くから覚えていろ」と捨て台詞をはいて五郎蔵は甲屋を後にした、ということになります。
怒りに震えながらも決め台詞を言えるのが侠客の格好良さかもしれません。演劇として侠客の格好良さはとても重要ですが、現代人の感覚からすると「決め台詞言うより皐月の本心をわかってあげて、、、」と悲しくなる観客もおられるかもしれません。
『曽我綉俠御所染』というタイトルでも曽我兄弟はほぼ関係ない
江戸時代の歌舞伎は正月に曽我五郎・十郎兄弟の仇討ちの物語を公演することが通例となっていました。明治に入りその慣習がだいぶマンネリ化してきたと言います。その頃に活躍していたのが『曽我綉俠御所染』の作者河竹黙阿弥です。河竹黙阿弥は時代のニーズを巧みにキャッチし、お正月の曽我狂言にたいして見事な工夫を詰め込んだ『曽我綉俠御所染』を観客に提示しました。現代では主にその後半部分が「御所五郎蔵」として公演されているわけです。本節では河竹黙阿弥の工夫について解説していきます。
・『曽我綉俠御所染』というタイトルで直接的に曽我物感を出している
・遊郭で御所五郎蔵と星影土右衛門が再会した時の台詞に「5月28日」
・皐月の苦労は曽我兄弟の家来の資金繰りの苦労に通ずる
・最後の場面で五郎蔵と土右衛門の凄惨な場面は見せない
『曽我綉俠御所染』というタイトルで直接的に曽我物感を出している
『曽我綉俠御所染』というタイトルは曽我という言葉をいれて曽我物感をだしています。曽我五郎と十郎が仇討ちした際に十郎は討たれてしまい、五郎は御所五郎丸に抱き留められ最終的には刑死するというエピソードを連想させるため主人公の名前を御所五郎蔵と名づけまています。
遊郭で御所五郎蔵と星影土右衛門が再会した時の台詞に「5月28日」
曽我五郎と十郎が仇討ちを成功させたのが5月28日であることから、遊郭で五郎蔵と土右衛門が再会した際の五郎蔵の台詞に「しかも5月28日」と入れてあります。
皐月の苦労は曽我兄弟の家来の資金繰りの苦労に通ずる
曽我兄弟の仇討ち物語は数多くありますが、度々仇討ち費用の捻出に家来が苦労する様子が描かれてきました。「御所五郎蔵」で皐月が二百両をめぐり苦悩する姿に曽我物感を感じる観客は多いことと思います。
最後の場面で五郎蔵と土右衛門の凄惨な場面は見せない
曽我兄弟が仇討ちをする場面で、敵の工藤祐経が「これから仇討ちされるのだな=曽我兄弟の願いが叶うのだな」というお祝いの雰囲気で終わり悲惨な場面は見せない工夫がされています。
「御所五郎蔵」で逢州が切られる場面や五郎蔵と土右衛門の最後の戦闘シーンは美しいスローモーションのようであり、物悲しい胡弓の音色が幻想的な雰囲気を添えながら幕が下ります。こういった演出は曽我物の美学を踏襲していると見ることができるのです。
ちなみに曽我物の他にも、敵対する場面は描いても事切れる場面までは見せないケースはわりとあります。それは敵役を務める役者にもご贔屓はいるため、全てのご贔屓が気分よく演劇鑑賞できるよう配慮しているのです。
まとめ
・「御所五郎蔵」はかつて同じ主君に仕えた侠客五郎蔵と武士土右衛門が遊郭で再会し、傾城皐月への愛情や元主君の未払い代金肩代わりをめぐって展開していく物語である。
・主人公の五郎蔵は短気だが侠客らしい衣装と振舞いで舞台を彩っている。
・江戸時代のお正月に曽我兄弟の物語を公演するならいになっていたが、明治に入り飽きがきていた。時代の変化をキャッチした河竹黙阿弥の工夫により「曽我物にみせかけてほとんど曽我兄弟は関係ない」という面白さを提供したのが「御所五郎蔵」である。
五郎蔵の気の短さに現代人は驚くかもしれませんが、侠客の格好良さや対照的な土右衛門の渋い悪の色気、皐月と逢州が舞台上にいる艶やかさなど歌舞伎らしい視覚的な美しさに富んだ作品です。吉原を彷彿とさせる遊郭入り口の美しい眺めを好む方も多いかと思います。「曽我物のようでそうでもない」という歌舞伎らしい遊び心も堪能できる作品ですので、興味のある方はぜひ見てみてください。



コメント
演目の名前や、登場人物の名前、どんな話なのか?それだけでも興味を引きます。内容は実に人間味のある、特に女の人の深い心の内の決心に、本当は強い信念を感じます。