「文七元結」は落語から生まれた歌舞伎の名作!あらすじ・みどころを解説

【東京都立中央図書館所蔵】「人情噺文七元結」 演目
【東京都立中央図書館所蔵】「人情噺文七元結」

江戸の庶民の人情噺を描いた歌舞伎の一つに「文七元結ぶんしちもっとい」があります。(正式名称は「人情噺文七元結にんじょうばなしぶんしちもっとい」)落語の人気作品が歌舞伎化された本作は現在も度々公演されており、2023年10月の歌舞伎座では寺島しのぶさんが出演することでも話題となりました。「歌舞伎に興味はあるけど理解しやすい演目から見てみたい」という方へもおすすめの演目ですので、この記事では「文七元結」のあらすじ・魅力的な登場人物・感動のポイントについてわかりやすく解説していきます。

歌舞伎「文七元結」の登場人物

歌舞伎「文七元結」の主な登場人物は以下7名です。

歌舞伎「文七元結」のあらすじ

左官屋の長兵衛は腕が良いのにあまり働かず博打や酒にばかりお金を使っています。家に帰ると妻おかねが思いつめた様子です。二人にはお久という娘がいますが、居なくなってしまったのでした。お兼はお久がいなくなった理由を「長兵衛のだらしなさに愛想が尽きたのだろう」と考えており、お久のことが心配でなりません。長兵衛に事態を説明しているうちに大喧嘩になってしまいます。(平常時でもこの夫婦は喧嘩しつつ仲よしです。)

その矢先、長兵衛宅に吉原の角海老の手代藤助とうすけがあらわれ「お久が来ているから角海老に来てほしい」と告げます。大至急角海老へ向かいたい長兵衛ですが、借金取りに着物までとられているので外出にふさわしい着物などありません。急遽お兼の着物と藤助が着ている羽織を借りて長兵衛は角海老へ向かいます。

角海老に着くと女将のおこまとお久がいました。お久は実家の困窮ぶりを見かねて吉原で働き両親を助けようと自ら角海老に来ているのです。事情を聞いたお駒が「親のためにそこまでできる子はそうそういない」と思い、まず親と話さなければと長兵衛を呼んだのでした。

お駒はお久を預かりお駒の側で働かせると言います。その代わり五十両を貸すのでこれを資金に生活を立て直し一年後に返すよう長兵衛に言い聞かせました。お久からも「このお金を活かしてちゃんとやっていってよ」と念押しされた長兵衛は、お久をここまで追い詰めたことを深く反省しました。ありがたく五十両を受け取り角海老を後にしていきます。

帰り道、様子のおかしい若者がいるので長兵衛は声をかけました。若者は勤め先のお金五十両をスリにやられてしまい、死んでお詫びをしようとしていると事情を話します。お久が必死に作ってくれた五十両なので一度はスルーしようとする長兵衛ですが、最終的には「人の命には変えられない」と思い若者に五十両を持たせます。長兵衛は若者の名も聞かず自宅に帰っていきました。
(以下画像は長兵衛が若者の身投げを止める様子)

自宅でお兼に角海老での出来事と帰り道の若者に五十両を渡したことを話すと「若者に渡したというのは嘘で、さっそく博打に使い果たしたに違いない!」とお兼は激怒しました。
これまでさんざん苦労をかけてきた長兵衛ですので、お兼が信じないのは当然です。

長兵衛はふて寝し、お兼は家出の準備をしているところに和泉屋の主人清兵衛と昨晩の若者が現れます。若者の名前は文七といって、和泉屋の手代だったのです。文七がスリにあったと思っていた五十両は得意先に落としていたので戻ってきており、文七に親切にしてくれた長兵衛のところへ清兵衛と文七がお礼に来たのでした。

さらにお礼ということで、長兵衛宅に籠が到着し中からお久が現れます。一連の話を知った清兵衛と文七はお久の立派さに心打たれ、文七とお久を結婚させたいと話します。
お久は縁談を了承し文七と結婚することになり、文七はその後清兵衛のもとから独立して元結(髷を結ぶ紙紐)で繁盛しみんな幸せという形で幕となります。

「文七元結」角海老の女将お駒の素敵すぎるはからい3選

歌舞伎ファンの間でおこまが好きという人は多いのではないでしょうか。女主人の風格がありつつ、厳しいばかりではない情の深さを感じさせるのがお駒です。本節ではお駒の魅力3選を解説します。

・角海老の店内に入るきっかけをお久に与えてくれた
・お久の気持ちを理解するも絶妙な雇い方を提案
・長兵衛に貸す金額と期限はちょうどよい難易度設定

角海老の店内に入るきっかけをお久に与えてくれた

吉原に飛び込む決意をしたお久ですが、いきなりお店の中に入り直談判はできなかったようです。店の前で困った様子で立ち尽くすお久に気づいたお駒は中に入るよう声をかけ、話を聞いてやったと言います。
吉原とは当然厳しい世界ですので、その世界の女主人ときたら忙しくて時間がとれなかったり、初対面の若者に丁寧に接することなどしない人も多いことでしょう。
お久に気づき中にいれて話を聞いてやるお駒の対応は、江戸に理想の上司ランキングがあったらトップを取りそうな素晴らしい対応です。

お久の気持ちを理解するも絶妙な雇い方を提案

吉原はやはりお客をとる仕事を覚悟せねばならないところです。お久もそれは覚悟の上飛び込んだのですが、お駒は「一年間は自分の側で下働きをさせ、その間はお客をとらせない。でも一年後に長兵衛がお金を返せないならお客をとらせる」とお久の処遇を決めます。お久の負担を軽くし、長兵衛がギアを上げる理由にもなるという素晴らしい取り計らいをしています。

長兵衛に貸す金額と期限はちょうどよい難易度設定

長兵衛は腕の良い左官職人なので本来は勤勉に働けばわりと高給取りなのです。その長兵衛にとって一年後に五十両返すというのは頑張ればいける、という絶妙な金額です。この金額と期限の設定は長兵衛を甘やかしすぎず、お久を無事に家へ戻す希望も残すというお駒の頭の良さが光る場面といえます。

お兼とお久—互いを深く思いやる母娘の描かれ方

文七元結ぶんしちもっとい」は落語として生まれましたので、落語家によっても話の細部は異なります。それが歌舞伎化し、歌舞伎の方も公演ごとに演出が多少変わることはあります。
その一例として筆者が初めて「文七元結」を鑑賞した時のことを記します。2023年10月の歌舞伎座でおかねを寺島しのぶさんが演じたのですが、この公演が筆者にとって初めての「文七元結」でした。
この公演でお兼は長兵衛の再婚相手であって、お久は先妻との子供という設定です。しかも演出は「男はつらいよ」等数々の名作を生んだ山田洋次監督でした。
寺島さん扮するお兼と中村獅童さん扮する長兵衛の夫婦喧嘩は、「男はつらいよ」の寅さんがおじちゃんおばちゃんと口喧嘩するリズム感に近いものを感じました。これが山田監督のリズム感なのだろうなと思った記憶があります。
夫婦喧嘩のチャキチャキ感に対して「お兼とお久は血のつながりこそないが、お互いに大切に思いあっている」という重みがバランス良く作品に深みを与えていたように感じました。

お兼とお久が実の母娘という場合もありますが、このような演出の差も演劇鑑賞の楽しみであるように思います。

落語「文七元結」はいつ生まれたのか

明治時代の落語家三遊亭圓朝さんゆうていえんちょうにより1889年(明治22年)に創作されたと言われており、そちらが歌舞伎化されたのは1902年(明治35年)です。三遊亭圓朝の落語が歌舞伎化された例としては「芝浜革財布」も有名ですが「芝浜~」の歌舞伎化は1922年(大正11年)のことですので「文七元結」のほうが20年先に歌舞伎化されているのですね。
「芝浜革財布」は当ブログでも記事にしていますので、良かったらそちらも見てみてください。)

まとめ

・「文七元結」は明治時代に活躍した三遊亭圓朝さんゆうていえんちょうの落語を歌舞伎化した作品である。

・「文七元結」は腕が良いのに真面目に働かない左官職人長兵衛と、長兵衛のせいで苦労が絶えない妻お兼の様子を見かねて、娘お久が吉原に入る覚悟を決めるところから始まる。角海老の女将お駒、五十両をなくす文七、文七の主人清兵衛といった人柄の良い人物との出会いにより最終的にはハッピーエンドとなる人情噺である。

・お兼とお久は実の母娘の場合と、お兼は長兵衛の再婚相手でありお久は先妻との娘という設定の場合がある。

長兵衛のだらしなさが苦手という方は一定数おられるかと思いますが、左官の腕前は良かったり、文七を助けるなど良いところもある人物です。最終的にはみんな幸せという結末をむかえる作品ですので、興味がある方はぜひ一度見てみてください。

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